麻央さんの訃報から10年前を想起する

金曜日に流れた速報で、多くの方が悲しみ、悔やまれたことと思います。

乳がんによる若すぎる旅立ちに、心が動揺しました。

主人のブログを整理している中で、丁度「病気の告知」に触れた投稿記事に差し掛かり、10年前を思い起こしていたところでの訃報でした。

「自分が死んだときに皆はどう思うだろう。若くして亡くなって可哀そう。小さな子供を残して可哀そう。そんなふうに思ってほしくない。」

生前の小林麻央さんが綴っていましたが、実際にその日を迎えてしまった今、やはり“まだ若いのに”“小さなお子さんは?”と思いが巡ってしまいます。可哀そうというより、惜しまれてなりません。

 

海老蔵さんが「人生で一番泣いた日」と記したブログの一文を見て、10年前の自分を思い出します。葬儀を終えて、お手伝いしてくださった方を送り出し、家の中で独りっきりになったときに、突然変なスイッチが入ったみたいに大泣きしました。泣きながら、“私ってこういう泣き方ができるんだ”と心の中で感心しつつ、声を上げて泣いてました。溢れ出る涙というより、爆発するような泣。それまで独りで抱えていたものを、一気に洗い流すかのような泣き方でした。

海老蔵さんは連れ合いを看送った翌日にも仕事をこなして、そしてあの会見を行わなければならない。一般の我々とは立場が違うので仕方がないかもしれませんが、お気の毒で、心中お察しいたします。

 

麻央さん同様に、主人も自宅から旅立っていきました。一時入院しましたが、病院特有の無機質でネガティブな気が嫌で、自宅で養生することにしたのです。10年前はまだ訪問看護が定着していなかった。だから退院するときは、通院で点滴を続けることになっていました。ところが、余命2ヶ月と宣告を受けた末期の患者が、外来診療で順番を待つなんてことはできないのです。結局病院へは行けない日が続き、痛みが増してどうにもならなくなりました。困り果てた私が主治医へ電話をしたところ、病院で始めたばかりという訪問看護をスタートさせてくださったのです。初めは週に一回の訪問計画でしたが、途中から週に三回になり、最終的には毎日来てくださるようになっていました。やることはバイタルを測って点滴を打つだけ。入院中にポートの埋め込み処置をしましたが失敗したため、毎日静脈へ針を刺さなければなりませんでした。

現在のターミナルケアでは、患者が痛みで苦しむことのないようにコントロールすると聞いてますが、主人は頑なにそれを拒否していました。モルヒネを使ったのは、亡くなる一月前くらいです。それまではロキソニンの使用のみです。しかもロキソニンを使うのは、仕事でみんなの前に立たなければならない時だけ。熱を強制的に下げて、指導の場に立っていました。しかし、終末期の癌の痛みは尋常なものではありません。彼の信念でモルヒネや鎮痛剤の使用を拒み続けていました。身体の中の環境が交感神経優位になり、癌細胞にとって優位な環境になってしまうから。だからといって激痛にのた打ち回るだけの毎日では何もできず、彼の人格さえも消失してしまいます。私たちの説得でモルヒネの使用をしぶしぶ受け入れた時のこと、忘れられません。覚悟を決めた彼の胸に、モルヒネのパッチを私が貼りました。“あんなに頑張ってきたのに、私が彼を殺してしまう”そんな感情が湧き出てきて、涙が溢れ、パッチを貼る手が震えました。

パッチと服用で薬が効いてくると、彼の人格も戻り、穏やかな時間を取り戻すことができました。「薬はありがたいね。痛みがなくなって、身体が楽になったよ。」という彼の言葉に、私も胸を撫で下ろしていました。しかし、彼の身体はモルヒネの使用から一揆に衰えていきました。そして、また一悶着あったのです。

 

麻央さんの場合、看てくれる家族がいて、主人のような壮絶な闘病生活とは少し違っていたのではないかと思います。

現在、高齢者の介護でも、在宅での介護が推奨されています。施設の受容が間に合わないからです。

高齢者も患者も、住み慣れた自宅で過ごす方が、気が休まるし充実した日々を過ごせる部分もあります。

 

我が家の場合、主人を看病するのは私一人。食材の買い出しに出る時間もない。私の時間は全て彼を活かすことに費やしていました。それが私の信念でした。強制されたからでもなく、嫌々やっていたわけでもない。無心で彼と向き合っていました。

訪問看護を受けられるようになって安心しましたが、もし急変したときどうすればいいのか。いつでも呼び出し可能な病院のホットラインがあっても、間に合わなかった場合、独りで彼を看取らなければならないのかと思うと、恐怖でいっぱいでした。

在宅を選択するということは、本人の意思もさることながら、寄り添う家族がどれだけ協力できるかにもよると思います。それだけ付き添う者にも葛藤が生じるということ。犠牲とかではなく、容易いことではないので、心の準備、心構えが必要です。

一概に在宅の良し悪しを問われるものではなく、家庭環境によって選択肢が変わってくるものだと痛感します。少しでも我が家と似た状況にあるならば、私は在宅はお勧めしません。

 

主人を看送った後から今日まで、私は毎日自分の身体に感謝しています。大病もせずにこの身体を維持するために働いてくれているあらゆる器官に感謝しています。

主人も旅立つ前に言っていました。

「同じ環境の中で生活し、しかも間近で癌患者と触れ合ってきたのだから、癌のエネルギーに共鳴しないように、これからは自分の身体のことを思って、しっかりと養生しなければならないよ。」

でも、10年も経つと、その感謝がお座成りになっていました。

少しくたびれてしまった臓器に不満を言うのではなく、むしろそれでも働いてくれていることに感謝をしなければならない。

もっと自分の身体を労わって、欲に流されずに機能を維持する手助けをしなければ。

 

人の命は、本当に尊いものです。その命を宿す身体も愛おしいものです。

麻央さんの旅立ちから、改めて思い出すことができた、“身体と命”への感謝です。

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